杉浦圭子さんの若い頃のキャリアを語る上で欠かせないのが、1988年(第39回)の『NHK紅白歌合戦』での紅組司会です。昭和最後となったこの年の紅白で、落ち着いた品格ある司会ぶりを披露し、名実ともにNHKを代表する看板アナウンサーとしての地位を確立しました。
また、彼女のライフワークとなったのが広島局時代を中心とした平和報道です。被爆地・広島で生まれ育った背景から、戦争の記憶や原爆の悲劇を後世へ語り継ぐ特別番組やドキュメンタリーの制作に深く関わりました。
被爆者一人ひとりの証言に静かに耳を傾け、市井の人々の痛みに寄り添う真摯な姿勢は、視聴者のみならず制作現場のスタッフからも絶大な信頼を集めました。派手なパフォーマンスに頼らず、「言葉の重み」を丁寧に伝えるそのスタイルは、現在も多くのジャーナリストに影響を与えています。