公的には存在しないはずの「魚へんに夏」ですが、インターネット上や飲食店の壁面、あるいは民間の漢字クイズなどでは具体的な読み方が幾つか提示されています。その代表格が「ワカシ」、そして古書に見られる「ふぐ」「あわび」です。
もっとも広く人口に膾炙している「ワカシ」という読み方は、出世魚として名高いブリの幼魚(関東地方における体長15〜30cm前後の呼称)を指します。ブリは冬に脂が乗る「寒ブリ」が有名ですが、その幼魚であるワカシは初夏から夏にかけて黒潮に乗って沿岸に接岸し、盛んに漁獲されます。夏の訪れを告げる青魚であることから、魚河岸の商人や釣り人たちの間で「夏を代表する魚」として魚偏に夏を配する俗用が定着したという経緯があります。
一方で、伝統的な漢和辞典の世界に目を向けると異なる景色が広がります。大型漢和辞典『大字源』(角川書店)の国字(日本で作られた漢字)一覧などの専門資料を紐解くと、「魚へんに夏」の字形に対して「あわび」「ふぐ」という訓が記録されている事例が確認できます。これは、江戸期から明治期にかけて地方の文書や看板、方言字として書かれた異体字が採集された名残です。フグを「鰒」、アワビを「鰒」「鮑」と書く漢字文化の中で、夏の季語や形態の連想から混同・転用されて生まれた特殊な文字と推測されています。