早明浦ダムの水位低下を語る上で、全国的な報道やネット上で最大のアイコンとなるのが「旧大川村役場の出現」です。1977年のダム完成に伴い湖底(さめうら湖)へ水没した旧大川村役場は、頑強な鉄筋コンクリート3階建ての建物であり、白く風化した外壁を今に残しています。
現場取材や過去の渇水記録アーカイブを検証すると、この旧庁舎が姿を現す水位には明確な基準が存在します。
通常、貯水率が60%前後まで低下すると屋上の手すりやアンテナ支柱が水面に顔を覗かせ始めます。さらに水位が下がり、貯水率が約20%〜30%(標高280メートル付近)に達すると3階部分が完全に露出。そして貯水率10%以下から0%に近づく極限状態になると、1階の基礎部分や周辺の道路跡、集落の土台までが泥の中から完全に露出し、往時の姿を白日の下に晒します。
過去、1994年(平成6年)の「平成の大渇水」、2005年(平成17年)の夏、2008年(平成20年)、そして記憶に新しい2026年(令和4年)初夏において、この旧役場庁舎が完全に姿を現しました。渇水時に現地を訪れた旧大川村出身の住民は、当時の特番インタビューにおいて「水底に沈んだ故郷の姿を見るのは複雑な思い。だが、これが四国の人々の命を繋ぐ水が減っている警告灯に見える」と語っており、単なる物珍しい観光対象ではなく、深刻な水資源危機のバロメーターとして受け止められています。