1970年代から80年代にかけて、ソロアーティストとしての沢田研二は日本の歌謡曲シーンを完全に塗り替えた。阿久悠、大野克夫ら希代のクリエイター陣と組み、華麗なビジュアルと過激な演出でテレビの前の視聴者を釘付けにしたのである。
1977年の日本レコード大賞を受賞した「勝手にしやがれ」で見せた、斜めに被ったボルサリーノ帽を投げ捨てる演出は、今なお語り草となっている。さらにはパラシュートを背負って近未来の東京を歌い上げた「TOKIO」、化粧を施した妖艶なパフォーマンスなど、男性アイドルの常識をことごとく破壊した。妥協なきヴィジュアルへのこだわりと、それを裏打ちする圧倒的な歌唱力。これらが完璧に調和したことで、彼は同時代の誰も到達できない孤高のロックスターとなった。