大相撲の歴史において、現役力士がレコードを吹き込む例は決して珍しくありませんでした。しかし、現役の三役・大関としてヒットチャートの最前線に立ち続け、ミリオンセラーを連発した力士は、後にも先にも増位山太志郎(本名・澤田昇)ただ一人です。
1948年11月16日、兵庫県姫路市に生まれた彼は、父が元大関・増位山(先代三保ヶ関親方)という相撲界屈指の名門に育ちました。1967年に初土俵を踏むと、得意の内掛けや上手投げを武器にした技巧派として頭角を現し、1980年には親子2代での大関昇進という史上初の快挙を成し遂げています。
その一方で、歌謡界における足跡も異次元でした。1974年にリリースされた『そんな女のひとりごと』が100万枚を超える大ヒットを記録し、第7回日本有線大賞で新人賞、第16回日本レコード大賞で企画賞を受賞。そして1979年9月25日に発売されたのが、彼の歌手人生における決定打となった『そんな夕子にほれました』でした。
当時を知るレコード会社関係者は、当時の特番インタビューや回想録で次のように語っています。
「土俵の上で見せる厳しい勝負師の顔と、マイクを握った瞬間に溢れ出るあの繊細で甘いウィスパーボイス。そのあまりのギャップに、当時の世の女性たちだけでなく、夜の盛り場で戦う男性たちも心を奪われたのです」
1980年には『そんな夕子にほれました』の爆発的ヒットの勢いそのままに大関へと昇進。まさに土俵とステージの両面で頂点を極めた、昭和エンターテインメント界の唯一無二の英雄でした。