昭和33年、関東近郊の大学野球界における構造改革の一環として産声を上げた東京新大学野球連盟。当初は小規模な任意団体に過ぎなかったが、高度経済成長期とともに加盟校を伸ばし、急速に組織を拡大させた。リーグのアイデンティティは「開かれた競争環境」にある。
六大学のような伝統校の固定枠とは異なり、新東京リーグは常に実績主義だ。弱者は去り、強者が這い上がる。この実力至上主義が、短期間でリーグ全体のレベルを全国トップクラスへと引き上げる原動力となった。新新体制から現在の3部制への移行を経て、各部間での流動的な入れ替え戦が確立されたことで、緊張感は最高潮に達した。