事件の本質は、身勝手極まりない欲望のために幼い命と未来が奪われたという紛れもない事実にある。愛する我が子を突然奪われた遺族たちの苦しみは、事件の解決や判決の確定によって消え去るものではない。遺族に対するメディアの過酷な取材攻勢や、事件後の心身の不調、周囲からの偏見など、第二次被害の深刻さも浮き彫りになった。
当時の日本には、犯罪被害者やその家族を社会的に支える法制度やメンタルケアの仕組みが決定的に不足していた。遺族らが長年にわたり訴え続けた悲痛な声は、後の被害者基本法の成立や総合的な被害者支援体制の構築へとつながる重い原動力となった。風化させてはならないのは、事件の猟奇性ではなく、被害者とその家族が背負わされた終わりのない痛みである。