日本のポップスシーンにおけるアイドル親衛隊の歴史は、1970年代初頭の「新三人娘」(天地真理、南沙織、小柳ルミ子)や「新御三家」(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)の登場とともに幕を開けました。熱狂したファンが自発的に集まり、ステージ上のスターへ声援を送るグループを作ったのが発端です。キャンディーズの解散劇(1978年)において「全キャン連(全日本キャンディーズ連盟)」が社会現象となったことで、ファン組織の組織化は決定的な転換点を迎えました。
1980年代に入ると、この動きはさらに先鋭化します。全国規模で支部を持つ巨大なアイドル親衛隊の組織構造が確立され、ピラミッド型の統制システムが敷かれました。
組織の頂点には「全国総本部」が君臨し、その下に地域ごとの「関東連盟」「関西連盟」といった地域統括組織が配置されました。各アイドルの隊には「隊長」「副隊長」「幹部(特攻隊長・親衛隊長)」「一般隊員」、そして入隊希望の「見習い(準隊員)」という厳格な階級制度が存在していたのです。隊員たちは親衛隊の法被や特攻服を着用し、背中や胸元には担当アイドルの名前や「天下無敵」「純情一途」といった独自の刺繍を施して所属を誇示しました。
彼らは単に騒ぐための集団ではなく、入場待機列の整理、会場周辺の清掃、一般観客への配慮など、現場の秩序を維持する「自主警察」としての役割も担っていました。当時のテレビ局関係者の回顧録によると、生放送のスムーズな進行のために番組プロデューサーが親衛隊幹部と事前に打ち合わせを行い、客席の盛り上げ方を調整することも日常茶飯事でした。