昭和の学校で称賛された「健康優良児」とは?突然消えた理由と選考の裏側

昭和の学校で称賛された「健康優良児」とは?突然消えた理由と選考の裏側

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昭和の子どもたちの憧れであり、学校や地域社会の誇りでもあった健康優良児表彰制度は、1996年(平成8年)に朝日新聞社が主催を取りやめたことで、66年の歴史に幕を閉じました。文部省や各自治体も相次いで関連行事を取り止め、制度は完全に消滅しました。

突然とも思える廃止の最大の要因は、「優生思想」を助長しているという国内外からの強い批判でした。生まれつき病弱な子どもや障がいを持つ子ども、アレルギー体質の子どもを「劣った存在」として間接的に差別し、序列化しているのではないかという倫理的な疑問が教育現場や市民団体から噴出するようになったのです。健康や体格は遺伝的要因や生活環境に大きく左右されるにもかかわらず、それを個人の優劣として公的に表彰する構造そのものが人権侵害に当たると指摘されました。

折しも1996年は、かつて強制不妊手術などを認めていた「優生保護法」が「母体保護法」へと大幅に改正され、国家的な優生政策への反省が急速に進んだ年でもありました。時代錯誤となった表彰制度が存続できなくなったのは必然の流れでした。

生活水準の向上に伴い、子どもの健康課題が「栄養失調の撲滅」から「肥満や小児生活習慣病の予防」へとシフトしたことも影響しています。画一的な体格基準で子どもを競わせるのではなく、一人ひとりの個性や健康状態に寄り添うヘルスケアへと教育方針が根本から転換された結果でした。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。