高校生や学び直しの社会人が「二月つごもりごろに」を学ぶ際、最もつまずきやすいのが「なぜ下の句に上の句をつけるのか?」という形式への違和感です。
現代の短歌や連歌のイメージでは、五・七・五(上の句)に対して七・七(下の句)をつける「付句(つけく)」が一般的です。しかし、平安時代の宮廷では、あえて難度の高い「七・七(下の句)を先に投げかけ、それにふさわしい五・七・五(上の句)を補わせる」という遊戯(短連歌の変形)が行われていました。これは後から前を逆算して構築しなければならず、極めて高度な語彙力と構成力が要求されます。
大手予備校の指導現場や学習相談コミュニティでも、次のような声が毎年寄せられています。
「テストで『公任が詠んだ句』と『清少納言が詠んだ句』がどっちだったか逆にして失点した」
「主語が省略されすぎていて、使者と清少納言と俊賢の会話が途中で誰のものかわからなくなる」
「『少し春ある心地こそすれ』だけ見ると簡単そうなのに、漢詩が絡んでいる理由が最初ピンとこなかった」
主語の省略を見抜く鍵は、やはり「敬語」と「接続助詞」です。「言ふ」のは対等な同僚や使者、「たまふ」がついているのは定子や公任、「侍り」を使っているのは語り手である清少納言の語りかけ、といった敬語のアンテナを張ることで、平安の現場風景が立体的なドラマとして立ち上がってきます。