かつては限られた神職しか立ち入ることが許されなかった祈りの場。それが、SNSの普及とともに「映えスポット」として消費されるようになった。奇岩が織りなす神秘的な光景を求め、年間数十万人もの観光客が押し寄せた結果、地面の土壌は踏み固められ、むき出しになった木の根が悲鳴を上げていたのだ。
「これ以上は神様に顔向けできない」。地元のガイドはそう声を落とす。聖なる水が滴る鍾乳石に触ろうとする者、立ち入り禁止の柵を乗り越えて自撮りをする者。一部の心ない行動が、地元住民が何世代にもわたって守り抜いてきた信仰の場を荒らしていった。単なる観光地ではなく、今も生きる信仰の場であるという認識のズレが、限界点を突破させた主因だ。