スターダムの頂点に立ちながらも、彼女の歩みは常に波乱に満ちていた。大手芸能事務所「研音」への所属時代、そして音源制作を担った「ワーナーミュージック・ジャパン」とのタッグは、数々のミリオンセラーと歴史的名曲を生み出した。しかし、妥協を許さない彼女のこだわりと、商業主義が交錯する音楽業界の過酷な摩擦は、徐々に彼女の心身を疲弊させていく。
独立やレコード会社の移籍を巡る騒動、人間関係の軋轢。彼女は常に「自分の歌」を守るために闘い続けた。その孤高の美学は、時に「扱いづらいアーティスト」というレッレッテルを貼られる原因にもなったが、妥協しない姿勢こそが彼女の真骨頂でもあった。心身の疲労が限界に達したとき、悲鳴を上げたのが他ならぬ彼女の「声」だったのだ。