1982年春、デビューに向けた楽曲制作はアメリカ・ロサンゼルスでのレコーディングという、新人としては異例の破格なプロジェクトとして進められました。制作陣は彼女の卓越した表現力を見抜き、複数の楽曲を用意していました。
用意されたデビュー曲候補には、後にシングルのB面やファーストアルバム『プロローグ〈序幕〉』に収録されることになるアップテンポな『条件反射』や『Tシャツ・サンセット』、スケール感のある『銀河伝説』などが並んでいました。当時のアイドル界では、デビュー作は明るくキャッチーでアップテンポな楽曲で元気さをアピールするのが鉄則とされており、制作陣の間でも意見が分かれていました。
その議論に終止符を打ったのは、当時まだ16歳だった中森明菜自身の明確な意思でした。彼女は後に自著や回顧特番のインタビューにおいて、以下のような趣旨の証言を残しています。
「ディレクターさんたちから『どれが一番好きか』と聞かれたとき、迷わず『スローモーション』を選びました。自分の声のトーンや、情景が目に浮かぶような歌詞の世界観が、一番しっくりきたからです」
作詞の来生えつこ、作曲の来生たかおが紡ぎ出した、初恋の切なさと砂浜の風景がスローモーションのように浮かび上がるメロディ。新人アイドルにありがちな押し付けの選曲ではなく、自らの声質と歌唱表現を客観的に見極めた「セルフプロデュースの萌芽」が、すでにこの時点で発揮されていたのです。