いま、世界の自動車産業は未曾有の過渡期に直面している。急速なEVシフト推進の掛け声が世界中で響き渡る一方、インフラの限界やリセールバリューの暴落、バッテリー劣化問題といった「不都合な現実」が次々と露呈し始めた。多くの大手メディアがスポンサーへの配慮から口を噤む中、清水草一の筆鋒は容赦なくその核心を突く。
「環境性能の看板を掲げながら、数年で使い捨てられる巨大なバッテリー車を量産することが本当にエコなのか」。彼が投げかける問いは、テクノロジーの進化を手放しで礼賛する風潮に冷水を浴びせる。長年フェラーリなどの内燃機関の極致を愛し、その官能性と機械的価値を熟知しているからこそ、デジタルガジェット化する最新車両の「魂の欠落」を誰よりも雄弁に暴き出すことができるのだ。利害関係に縛られない彼独自の取材網がもたらすインサイドストーリーは、耳触りの良いプレスリリースに欺かれがちな一般ユーザーにとって最後の防波堤となっている。