都内のIT関連企業を退職した30代男性の事例は、制度運用のリアルな実態を物語っています。長時間の固定残業代制が敷かれた職場で、月80時間を超える時間外労働が常態化し、心身の限界から退職届を提出。離職票に記載された理由は当然のように「自己都合」でした。
男性は退職直前、専門家のアドバイスに従って自宅PCから社内勤怠システムにログインし、過去6か月分の打刻修正履歴と退勤時間のエクスポートデータを保存していました。さらに、深夜1時に送信された上司からの業務指示メールのスクリーンショット、心療内科の初診受付票をファイルにまとめ、ハローワークの需給資格判定窓口へ持参しました。
窓口の担当官は男性が提出した勤怠エビデンスを精査し、その場で会社側へ事実照会の電話を入れました。会社側は「本人が勝手に残っていただけで、残業命令は出していない」と抵抗したものの、ハローワーク側は「業務メールの送受信時刻と業務内容から、客観的に労務を提供していた事実が認められる」と判断。会社側の反論を退け、離職理由を特定受給資格者(解雇等に準ずる過重労働離職)へと職権変更しました。男性は7日間の待期期間終了後、給付制限なしで即座に失業手当を受給し、焦ることなく半年間の充電期間を経てホワイト企業への転職に成功しています。
一方、準備不足によって悲惨な結果を招いた事例も少なくありません。ネットの掲示板やSNSで「うつ病と言えばすぐ会社都合になる」という断片的な情報を鵜呑みにし、退職後に初めて心療内科へ駆け込んだ20代女性のケースです。医師からは「退職後の診察であるため、在職中の労務不能状態を過去に遡って証明することはできない」と診断書の記載を断られ、ハローワークでも「正当な理由による自己都合(特定理由離職者)」と認められませんでした。結果として給付制限が課され、貯金を取り崩す極貧生活を余儀なくされたのです。制度を動かすのは「被害意識の強さ」ではなく、「時系列に沿った公的客観証拠」であるという冷厳な事実を見落としてはなりません。