映画『主戦場』が可視化した歴史認識を巡る激しい分断と同様に、社会問題・現代思想の領域でも、弱者に対するバッシングや自己責任論の先鋭化が深刻な亀裂を生んでいる。匿名空間での攻撃性は、他者の境遇に対する想像力の欠如と、自らもいつ転落するかわからないという潜在的恐怖の裏返しでもある。
一方で、noteをはじめとするオープンなプラットフォームでは、困窮や生きづらさを抱える当事者たちが自らの体験を生々しい言葉で発信し、共感と支援の輪を広げる動きも顕著だ。孤立した個人の叫びが可視化されることで、自己責任という名の分断を乗り越え、市民社会の側から相互扶助の回路を再構築しようとする連帯の試みが始まっている。