国内外の温泉通や旅愛好家が祖谷の宿を特別視する背景には、自然の造形をそのまま利用したダイナミックな入浴体験があります。なかでも筆頭に挙げられるのが、祖谷渓の切り立った断崖に佇む和の宿ホテル祖谷温泉です。宿の建物自体は標高約414mの崖上に位置しますが、名物の露天風呂へ向かうには、傾斜角約42度、高低差約170mの急斜面を専用の小型ケーブルカーでおよそ5分間かけて谷底へと下りていきます。車窓越しに刻々と迫るV字谷の岩肌と原生林の景観は、入浴前から旅人の高揚感を否応なく高めます。
谷底に到着すると、激流のせせらぎが耳を打つ祖谷渓谷露天風呂が姿を現します。湯船に満ちるのは、毎分1,500リットル規模で自噴する38.3度のアルカリ性単純硫黄温泉。加水も加温も一切行わない無加水・無加熱の完全源泉かけ流しであり、肌に触れると微細な気泡がびっしりと付着する特異な湯ざわりを誇ります。ぬる湯特有の身体への負担の少なさから、川風に吹かれながら30分から1時間ほどじっくりと湯に浸かる贅沢は、まさにこの立地でしか味わえない唯一無二の体験といえます。
一方、祖谷のかずら橋に近いエリアに位置する新祖谷温泉ホテルかずら橋は、逆のベクトルで驚きを提供します。本館から搭乗するケーブルカーは山肌を上方向へと登り、標高を高めた山頂スペースに設けられた「天空露天風呂」へと乗客を運びます。眼下に山里の集落と稜線を見下ろすパノラマビューは格別であり、夜間には満天の星空が頭上に広がります。足湯や茅葺き屋根の休憩処を併設し、秘境情緒を巧みに演出した空間設計が際立っています。
食の体験も見逃せません。両宿をはじめとする祖谷の名宿で供されるのは、阿波の大地と清流が育んだ素朴かつ滋味深い料理です。清流で育まれた鮎やあめごを炭火でじっくり焼き上げた塩焼き、里芋・こんにゃく・岩豆腐を串に刺して特製味噌を塗り炭火で炙る郷土料理「でこまわし」、そしてつなぎをほとんど使わずに打たれる祖谷そば名店譲りの風味豊かな蕎麦は、旅人の味覚を深く満たします。プライベートな空間を重視する層に向けて、近年は祖谷温泉露天風呂付き客室の改修や新設が進んでおり、客室にいながらにして渓谷の静寂を独占できるハイエンドな滞在スタイルも定着しています。