「自分には第三腓骨筋がないかもしれない」と聞くと、何か身体的な奇形や機能不全を連想する人がいるかもしれません。しかし、人類学的・解剖学的な見地から見れば、これは完全に正常な個体変異(バリエーション)の一つです。
国内外の人体解剖学的研究データを照合すると、第三腓骨筋の先天的な欠損割合は集団(人種・民族)によって約5%〜15%前後、調査サンプルによっては20%近くに達すると報告されています。日本人を含む東アジア人においては、概ね8%〜12%程度の人が生まれつき片側または両側の第三腓骨筋を欠損しているとされています。
比較解剖学において、チンパンジーやゴリラなどの霊長類には第三腓骨筋が原則として存在しません。樹上生活から地上に降り立ち、完全な直立二足歩行を獲得した人類において、遊脚期(足を前に振り出す瞬間)につま先を効率よく持ち上げ、地面の凹凸に足底を適応させるために長趾伸筋から派生して新たに獲得されつつある「進化の途上にある筋肉」と考えられています。
仮に第三腓骨筋が存在しない人であっても、前脛骨筋や長趾伸筋が背屈を、短腓骨筋が外反を十分に代償するため、トップアスリートであっても日常生活や競技パフォーマンスでハンディキャップを負うことは一切ありません。本人がMRI検査や精密解剖を受けない限り、生涯その事実に気づかないケースがほとんどです。