この神社の正式名称は「坐摩神社(いかすりじんじゃ)」です。地元大阪では親しみを込めて「ざまさん」「ざまじんじゃ」と呼ばれることも多いですが、正式な古称は「いかすり」と読みます。この「いかすり」という言葉は、「居住地を守る」という意味の「居所知(ゐかしり)」が転訛したものと伝えられており、土地や住居を守護する神としての原点が名前に刻まれています。
主祭神として祀られているのは、以下の五柱の神々を総称した「坐摩大神(いかすりのおおかみ)」です。
- 生井神(いくゐのかみ):井戸の水を清らかに保つ神
- 福井神(さくゐのかみ):繁栄と幸福をもたらす井戸の神
- 綱長井神(つなながゐのかみ):生命や活力を長くつなぐ井戸の神
- 波比岐神(はひきのかみ):屋敷の境界や庭の土壌を守る神
- 阿須波神(あすはのかみ):足元・大地を踏み固め、旅立ちを守る神
社伝および『延喜式神名帳』などの歴史資料によると、創祀は神功皇后が新羅より帰還した際、淀川の河口にあたる渡辺の地(現在の大阪市中央区天満橋・八軒家浜付近)に五柱の神を祀ったことに始まります。住吉大社と並び「摂津国一之宮」としての格式を誇り、平安時代の宮中儀式である座摩祭(ざままつり)では皇室の守護神としても手厚く崇敬されてきました。
大きな転機が訪れたのは天正11年(1583年)、天下人となった豊臣秀吉が大坂城を築城した際のことです。城下町の都市開発に伴い、神社は現在の鎮座地である大阪市中央区久太郎町へと移遷されました。この社地移転が、後述する「渡辺姓」にまつわる類まれな歴史的エピソードを生み出す契機となります。