この球団を語る上で欠かせないのが、球史にその名を轟かせる「水爆打線」の猛威だ。1試合平均で7得点以上を叩き出し、シーズン総得点は908点という天文学的な数値を叩き出した。相手投手を情け容赦なく粉砕する打線の破壊力は、戦後復興期の社会に強烈なインパクトを与えた。
打線の中心に座っていたのが、稀代のスラッガー小鶴誠である。1950年に小鶴が打ち立てたシーズン161打点、143得点は、未だに誰にも破られていないNPB史上最高記録だ。さらに51本塁打、打率.355、28盗塁という驚異的なスタッツを残し、文句なしの年間MVPに選出された。赤バットの川上哲治や青バットの大下弘と並び称された彼のバットは、まさに時代の象徴だった。