第一発見者が目にしたのは、民家の庭先に全裸同然で倒れ、うわ言を呟きながら頭を抱える青年の姿だった。顔面には激しい皮下出血や擦過傷があり、右目は腫れ上がり、背中や手足にも生々しい打撲痕が無数に残されていた。これほど凄惨な外傷を負いながら、当初の診断は「急性アルコール中毒」。そのまま自宅へ引き取られた数時間後、容態が急変して帰らぬ人となった。
異様な死因に不審を抱いた捜査当局は、遺体を東京都監察医務院へと搬送し、徹底した法医学・司法解剖を実施した。執刀医が下した直接の死因は「肺水腫」。極度の呼吸困難に陥り、肺に液体が充満して窒息状態に陥る病態である。しかし、解剖が進むにつれて胃や体内から検出されたのは、致死量を遥かに超える覚醒剤の成分だった。
当時の検死調書には、体表に刻まれた無数の傷と薬物中毒による急性心肺停止の相関が詳細に記録されている。激しい乱闘による傷なのか、あるいは幻覚症状による自傷行為や転倒によるものなのか。死因発表において「肺水腫」という結果のみが前面に出され、薬物の存在が当初伏せられたことが、後年の果てしない陰謀論や疑惑の火種となった。