幸せな結婚発表からわずか1年半後の2012年9月、2人は電撃離婚を発表します。あまりの早さに世間には大きな衝撃が走りましたが、離婚に至った決定的な要因は何だったのでしょうか。
表面的な理由として挙げられたのは「生活リズムのすれ違い」です。当時、現役バリバリのトップ選手として練習拠点のある神戸を中心に活動していた山本氏に対し、小椋さんは引退直後から東京と大阪を行き来する多忙なスケジュールをこなしていました。解説業やテレビ出演、全国でのバドミントン教室など、オファーが殺到していた小椋さんは週末も家を空けることが多く、物理的なコミュニケーション不足が生じていたとされます。
さらに、後年のバラエティ番組などで小椋さんが語った告白によると、「理想とする夫婦像・家庭像のギャップ」も大きな要因でした。夫を献身的に支える専業主婦的な役割を求められる場面と、自分自身のキャリアを確立して社会で自立したいという情熱との間で葛藤を抱えていたことが明かされています。お互いに妥協できないプロフェッショナル精神を持っていたからこそ、修復不可能な溝へと繋がってしまったと言えます。