長年所属したミリオン企画を離れ、新たな体制で再出発を図った際、音楽業界には激震が走った。70代を迎えてからの完全な独り立ち。それは、長年築き上げた安全地帯を飛び出し、すべてを自分の責任で引き受ける挑戦に他ならなかった。
彼女の音楽的ルーツを支えた日本クラウンをはじめとするレコード会社や制作陣は、その不屈のバイタリティに目を見張った。ジャズアルバムのリリースや異ジャンルアーティストとのコラボレーションなど、晩年になっても表現への探求心は尽きることがなかった。「歌があるから寂しくない」。スタジオで笑う彼女の姿は、多くの後輩ミュージシャンに勇気を与え続けた。