新潟ロシア村の歴史と経緯を紐解くと、1990年代初頭のバブル崩壊直前期に持ち上がった「環日本海経済圏構想」に行き着きます。当時、ロシア(旧ソビエト連邦)との経済・文化交流の拠点を目指していた新潟県において、民間主導の大型観光プロジェクトとして計画されたのが本施設でした。
1993年9月、旧笹神村の約30万平方メートルという広大な敷地に第1期エリアがオープン。ロシア・スズダリ市にある「ハリストス復活聖堂」を精巧に再現した高さ約25メートルの木造教会(スズダリ教会)を中心に、本場の職人が手掛けたマトリョーシカの絵付け体験工房、民族舞踊団による連日のステージ、さらには本格的なロシア料理レストランや高級ホテルが立ち並びました。
当時の報道や記録によると、開園初年度は物珍しさも手伝って多くの観光客が詰めかけました。さらに1999年には、シベリアで発掘された本物のマンモス骨格標本や冷凍マンモスの組織を展示する「マンモス館」を鳴り物入りで新設。巨額の追加投資を行って集客のテコ入れを図りました。しかし、地方都市の郊外という交通アクセスの悪さやリピーターの伸び悩みにより、入場者数は開園当初の想定を大きく下回り続けました。