大宝律令を制定した天皇は誰?文武天皇と藤原不比等の国家戦略の真相

大宝律令を制定した天皇は誰?文武天皇と藤原不比等の国家戦略の真相

大宝律令を制定した天皇は誰?文武天皇と藤原不比等の国家戦略の真相についての疑問解決ガイドを徹底解説します。

古代日本が本格的な法典編纂を急いだ背景には、国内の権力集中と、東アジアの国際情勢という2つの決定的な制定理由がありました。

第1の理由は、唐を中心とする東アジア情勢への対抗と国際的認知の獲得です。663年の「白村江の戦い」で唐・新羅の連合軍に大敗を喫して以来、倭国(日本)には常に大陸からの軍事的脅威がつきまとっていました。唐と対等な外交関係を結び、独立国として認められるためには、唐と同じレベルの「律(刑法)」と「令(行政法・民法)」を備えた法治国家であることを証明する必要があったのです。

第2の理由は、豪族主導の政治を打破し、天皇を中心とする中央集権体制を完成させることでした。天智天皇の時代から試みられ、天武朝の飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)へと受け継がれてきた法制整備ですが、飛鳥浄御原令には「令」しかなく、「律」が欠落していました。刑罰規定までを網羅した総合法典を作り上げることで、全国の土地と人民を国家が直接管理する公地公民制を強固にする狙いがありました。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。