徳川慶喜の写真がイケメンと話題!軍服姿の真相と晩年カメラ趣味の全貌

徳川慶喜の写真がイケメンと話題!軍服姿の真相と晩年カメラ趣味の全貌

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静岡での約30年に及ぶ隠棲生活を経て、明治31年(1898年)に慶喜は明治天皇に拝謁し、ついに名誉回復を果たします。明治35年(1902年)には公爵に叙され、東京・巣鴨(後に小日向第六天町)へ移住しました。

東京時代の慶喜の写真には、かつて一橋家の家臣であり、後に日本資本主義の父となった渋沢栄一との深い絆が刻まれています。渋沢は主君であった慶喜の名誉を歴史に正しく残すため、私財を投じて編纂事業『徳川慶喜公伝』を主導しました。その過程で撮影された記念写真群には、柔らかな笑みを浮かべる慶喜と、終生敬意を払い続けた渋沢の親密な関係性がはっきりと写し出されています。

超高画質スキャンやデジタルアーカイブ技術で復元された晩年の写真を見ると、銀髪を整え、穏やかな眼差しで孫たちに囲まれる慶喜の姿があります。激動の幕末で「日本を内戦の焦土にしないために大政奉還を選んだ」という重い決断を下した男が、すべての重責から解放され、明治・大正の近代化を穏やかに見つめていたことがその表情から如実に伝わってきます。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。