SNSの隆盛に伴い、完璧に作り込まれた「理想の生活」を見せるインフルエンサーは溢れかえった。しかし、視聴者の目は年々肥えており、計算された虚構には容易に飽きが生じる。その点、ちいめろを発信源とする映像には、時に生々しく、時にコミカルな生活の息遣いが宿っている。
豪快な買い出し、膨大な家事のルーティン、そして子供たちとのテンポの良い掛け合い。加工された完璧さではなく、泥臭いまでの生活感とエンタメ性の融合。視聴者が画面の向こうに見出しているのは、自分たちの日常生活と地続きにある親近感と、どこか救われるような肯定感なのだ。