離婚後、シングルマザーとして仕事と育児の両立に邁進していた冨永愛ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。息子のためにがむしゃらに働き続けるあまり、幼い章胤とのすれ違いが生じてしまった時期がありました。
当時小学生だった息子から投げかけられた「僕のお母さんは冨永愛じゃない、生まれてこなければよかった」という魂の叫び。この言葉に激しい衝撃を受けた彼女は、モデル人生の絶頂期にあった2014年秋、芸能活動およびモデル業の完全休止を電撃決断します。
休業した約3年間、彼女は華やかなランウェイを完全に離れ、毎日の手作り弁当や学校のPTA活動、息子との対話に全ての時間を捧げました。泥臭く一人の「母親」として息子と正面から向き合い続けたこの空白の3年間こそが、現在の2人の揺るぎない絆を築き上げ、復帰後の彼女の表現力に圧倒的な深みを与える原動力となりました。