1983年12月に公開された『スリラー』のミュージックビデオは、従来の「演奏シーンを流すプロモーション映像」の概念を根底から破壊しました。約50万ドル(当時のレートで約1億2000万円)という異例の巨額予算を投じ、上映時間13分42秒の本格的な短編映画として制作されたのです。
マイケルが監督に指名したのは、1981年のホラーコメディ映画『狼男アメリカン』を手掛けたジョン・ランディスでした。マイケルは同作の画期的な特殊メイクと変身シーンに衝撃を受け、「自分自身をスクリーンの中で恐ろしいモンスターに変身させてほしい」と熱狂的に直談判したと記録されています。
オオカミ男変身の元ネタとゾンビが選ばれた理由
MV前半で描かれる「オオカミ男(劇中設定では猫科の猛獣の要素も混ざったキャット・モンスター)」への変身は、1957年の映画『ティーンエイジ・フランケンシュタイン』や古典的ユニバーサルホラーへの直接的なオマージュです。幼少期から過酷なショービジネスの世界に身を置き、プライベートを奪われていたマイケルにとって、「メイクによって自分以外の恐ろしい存在に化けること」は、強烈な自己解放の儀式でもありました。
一方、墓場から這い出るゾンビたちを登場させた理由は、集団でのビジュアル的インパクトと、死者が群舞するというブラックユーモアの融合にありました。当時の一流特殊メイクアップアーティストであるリック・ベイカーが手掛けた精巧なアンデッドの造形は、当時の視聴者に凄まじい視覚的ショックを与えました。
マイケル・ピータースと創り上げた「スリラー・ダンス」の革新性
ブロードウェイ出身の気鋭振付師マイケル・ピータースとマイケル・ジャクソンが共同で考案したゾンビダンスは、振付史における最高傑作の一つです。
死後硬直した身体のぎこちなさ、首や関節のカクカクとした不気味な動きを取り入れながらも、ファンクやジャズダンスの強烈なグルーヴを完璧に融合させました。恐ろしいはずの死者たちが一糸乱れぬリズムでステップを踏む姿は、恐怖をカタルシス(快感)へと変換させました。この「誰もが真似したくなるアイコニックなポーズ」こそが、世界中でフラッシュモブやダンスイベントが開催され続ける原動力となっています。