彦根城天守閣の内部に入り、2階、3階へと歩みを進める誰もが直面するのが、手すりを握りしめずには登れない急角度の階段です。その傾斜は最大で約62度。一般的な住宅の階段角度が30〜35度程度であることを考えると、階段というよりは「固定された梯子」に近い感覚を覚えます。
バリアフリーとは対極にあるこの極端な構造には、極めて明確な軍事上の理由が存在します。関ヶ原の戦いを経て慶長9年(1604年)に着工された彦根城は、大坂城の豊臣勢力を牽制するための最重要拠点として築かれました。初代藩主の井伊直政、そして築城を完遂させた直継・直孝ら井伊家歴代当主が追求したのは、鑑賞用の美しさではなく「決して落城しない実戦要塞」としての機能でした。
重い甲冑をまとった敵兵が刀や槍を手にこの階段を駆け上がることは極めて困難です。足場を崩して上を見上げた敵兵に対し、上階の守備側は槍で突き落とし、あるいは頭上から石や熱湯を落として制圧します。さらに階段の開口部には強固な跳ね上げ戸が備え付けられており、万一の際には蓋を閉じて敵の進軍を完全に遮断できる仕組みになっていました。平和な江戸の世へと移り変わる過渡期に、徳川四天王筆頭のプライドをかけて造られた究極の迎撃システムが、この62度の階段なのです。