河野洋平氏が政界屈指の親中派と評される背景には、単なるビジネス上の付き合いを超えた政治思想と歴史的な経緯が存在します。もともと父である河野一郎氏も日ソ国交回復に尽力するなど独自のリアリズム外交を展開した政治家でしたが、洋平氏自身は自民党内の穏健派(ハト派)として知られる「宏池会」の流れを汲み、アジア諸国との平和的共存を一貫して掲げてきました。
特に1970年代の日中国交正常化以降、日中友好を外交の基軸に据える政治路線を歩み続けました。東西冷戦期から対立ではなく対話によって東アジアの安定を図るべきだという信念は、外務大臣や自民党総裁を務めた時期にも色濃く反映されています。
中国側にとっても、過去の戦争責任を真摯に受け止め、靖国神社参拝問題などで慎重な姿勢を崩さない河野氏は「最も信頼できる日本の政治指導者の一人」として位置づけられてきました。この半世紀にわたる信頼の積み重ねこそが、安全保障環境が激変した現在に至るまで特別なパイプが途絶えない最大の理由です。