数世紀にわたり「悪気」や「神の罰」として恐れられてきた病の真因が特定されたのは、19世紀末の香港であった。1894年、香港でペストの大流行が発生すると、日本の顕微鏡学者・北里柴三郎と、フランスのパスツール研究所から派遣されたアレクサンダー・エルシンが現地へ赴き、原因菌の特定をめぐる熾烈な研究競争を展開した。
最終的に病原菌の純粋培養と正確な病原性の証明に成功したのはアレクサンダー・エルシンであり、その功績を称えて属名には彼の名前が刻まれた。しかし、現地へいち早く乗り込み感染経路の遮断に挑んだ北里柴三郎の業績もまた、近代公衆衛生学の基礎を築いた偉業として今なお高く評価されている。