学問的には、「鎌倉幕府は〇年に誕生した」と1年だけに絞ること自体が実態を反映していないという見方が強まっています。頼朝による幕府開設は、十数年をかけた段階的な権力樹立プロセスでした。
実際に幕府成立の候補とされる年号には、以下のような複数の段階が存在します。
・1180年:頼朝が挙兵し、鎌倉に入って武士の統制機関である「侍所」を設置した年
・1183年:後白河法皇から「寿永二年十月宣旨」を受け、東国支配権を公認された年
・1184年:行政機関である「公文所」や司法機関の「問注所」を置き、統治機構を整えた年
・1185年:平氏を滅ぼし、全国に守護・地頭を設置する勅許を得た年(現在の有力説)
・1190年:頼朝が上洛し、後白河法皇から右近衛大将に任じられた年
・1192年:後白河法皇の崩御後、念願の征夷大将軍に任命された年(従来の旧説)
このように、頼朝は武士の独自組織作りから始まり、朝廷からの公認、統治機関の整備、全国への権限拡大、そして最終的な将軍就任へと、着実に外堀を埋めながら政権を構築していきました。