真行寺君枝のキャリアを語る上で欠かせないのが、1976年秋に展開された資生堂のキャンペーン「ゆれる、まなざし」です。当時わずか16歳だった彼女は、憂いを帯びた吸い込まれるような瞳と東洋的な美しさでポスターやテレビCMに登場し、瞬く間に日本中へ衝撃を与えました。
松本隆作詞、小椋佳作曲によるテーマ曲とともに彼女のビジュアルは社会現象となり、ポスターが街中から盗まれる事態が相次ぐほどの熱狂を生み出しました。広告モデルとしての圧倒的な成功を経て、翌年には映画『白熱(デッドヒート)』で本格的に女優デビュー。神秘的なオーラを武器に、映画やテレビドラマ、舞台へと活躍の場を一気に広げていきました。
十代半ばにしてトップスターの仲間入りを果たした彼女ですが、実家で培われた芯の強さがあったからこそ、急激な環境の変化やメディアの狂騒に呑まれることなく独自の表現力を磨き続けることができました。