音楽の天才なら、高校時代は軽音楽部でバンド活動に明け暮れていたのだろうと思われがちだ。しかし、当時の長崎東高校には彼が求める形の軽音楽部がなかった、あるいは彼自身がそこに入部しなかった。
彼が所属していたのは、なんと「化学部」だったという説がある。実験器具に囲まれ、物質の変化を観察する日々。一見、音楽とは無縁に思えるこの時間が、彼の独特な感性を育んだ。誰もやっていないことをやりたい。主流から外れた場所で、自分だけの何かを見つけ出したい。そんな彼のあまのじゃくな性格は、この風変わりな部活選びからも見て取れる。