加藤嘉は1913年(大正2年)1月12日、東京市本所区(現・東京都墨田区)に生まれました。明治大学を中退後、築地小劇場の流れを汲む新協劇団へ研究生として加入し、本格的な演劇活動をスタートさせます。しかし、戦時下における治安維持法違反容疑での劇団強制解散や投獄など、国家権力による思想弾圧の嵐を身をもって経験しました。この過酷な青年期の体験が、後年の反骨精神と市井の名もなき庶民へ寄り添うリアリズムの土台を築く契機となりました。
戦後は近代映画協会の設立に参加し、新藤兼人監督や今井正監督の社会派作品で头角を現します。その過程で世間の耳目を集めた出来事が、1950年の大女優・山田五十鈴との結婚でした。映画界のトップスターと、舞台出身の実力派俳優によるカップルは当時大きな話題を呼びましたが、わずか3年後の1953年に離婚を迎えます。当時の芸能報道や関係者の証言によると、互いの演劇観に対する強烈なプライドの衝突や生活習慣の乖離が背景にあったとされています。
離婚後、加藤嘉は一般女性と再婚して家庭を築き、浮ついたスキャンダルとは無縁のストイックな俳優人生を歩みました。私生活の華やかさに背を向け、一人の表現者として現場に立ち続ける姿勢は、多くの演劇人から畏敬の念を集めました。