『もののけ姫』の名言や名シーンを巡っては、インターネット上で長年論争が続いている有名な誤解が存在します。それが「アシタカ二股・不誠実説」であり、カヤから託された大切な小刀(玉の小刀)をサンに渡してしまったエピソードです。
このもののけ姫 名セリフ 裏設定について、絵コンテ全集や関係者のインタビューを検証すると、表面的な色恋沙汰とは全く異なる過酷な文化人類学的背景が浮かび上がってきます。カヤがアシタカに「お守り」として渡した水晶の小刀は、エミシの掟において女性が生涯の契りを交わす男性にのみ贈る不可侵の宝物でした。カヤはアシタカを「兄様」と呼びますが、これは実の兄ではなく、部族内で結婚を約束された許嫁に対する親愛の呼称です。
しかし、アシタカは村を出る際に髷(まげ)を落とし、エミシの掟によって「死者」として扱われました。二度と村へ戻ることは許されず、カヤとの未来も永遠に絶たれたのです。そのアシタカが、怒りと呪詛に身を焦がすサンに対し、自身の過去と命の象徴である小刀を授けた行為。それは決して「プレゼントの使い回し」ではなく、自らの故郷や身分、生への執着のすべてを捨て、サンの命を守り抜くという覚悟の身代わりでした。宮崎監督が後に手記等で「男というのはこういう身勝手なことをするものだ」とあえて俗っぽく照れ隠しに語ったことも手伝い、ネット上で誤解が一人歩きしてしまいましたが、本来は呪われた若者が選んだ痛切な決別の儀礼だったのです。