世間を震撼させた尼崎事件真相を語るうえで避けて通れないのが、その特異すぎる発覚の経緯と支配システムです。2011年11月、尼崎市内の貸倉庫からコンクリート詰めされたドラム缶が見つかり、中から当時66歳の女性の遺体が発見されたことで、警察の本格的な捜査が始まりました。当初は単独の死体遺棄事件と見られていたものの、捜査線上に浮かび上がったのは、複数の家族がひとつの拠点で共同生活を強いられ、次々と命を落としていたという異常な連続変死劇でした。
尼崎連続変死事件経緯を時系列で辿ると、主犯の角田美代子元被告は、尼崎市内の大江家、高松市の親族一家、橋本家など、複数のターゲットに些細なトラブルを口実に介入していました。「謝罪」や「家族会議」と称して自宅マンションへ招き入れ、外部との連絡を遮断したうえで、被害者同士を密室に監禁。そこから始まるのが、人間の尊厳を徹底的に破壊する暴力の連鎖でした。
最も戦慄すべきは、美代子元被告自身が直接的な物理的暴力を振るう場面は極めて少なく、家族同士に互いを監視・暴行・虐待させるシステムを構築していた点です。「連帯責任」を名目に食事制限や睡眠剥奪を課し、標的を日替わりで変えることで、被害者たちは「自分が助かるために身内を痛めつける」という極限状態に追い込まれていきました。肉体的・精神的な消耗が極限に達した結果、衰弱死や撲殺が繰り返され、亡くなった被害者はドラム缶にコンクリート詰めされたり、家屋の床下に埋められたりして隠蔽されたのです。