インターネット上のコミュニティやSNSで定期的にバズを生み出しているのが、衛藤美彩の卒アル写真です。芸能人の卒アル写真は、往々にしてメイクやライティングの違いから現在とのギャップが話題になりがちですが、彼女の場合は全くの逆でした。写真が掲示板やSNSに流出した際、「すでにビジュアルが完成されている」「整いすぎていて非の打ち所がない」と驚嘆の声が殺到したのです。
高校時代の彼女は、大分県内の学生や若者の間で圧倒的な知名度を誇っていたアイドルグループCHIMO(チャイモ)のリーダー「MISAN」として活躍していました。CHIMOは当時、大分のタウン情報誌『CONKA』のモデルたちで結成されたグループで、後に乃木坂46でチームメイトとなる畠中清羅さんも所属していた名門ローカルグループです。
衛藤美彩の学生時代は、決して華やかなステージの上だけにとどまりませんでした。週末は県内各地でのイベント出演やレッスンに追われ、平日は朝から高校で授業を受けるという過密日程。自著や当時の回顧インタビューでは、「テスト期間中も楽屋で必死に教科書を開いていた」というリアルな苦労が語られています。デビュー当時から見せていた卓越したダンススキルと安定感あるボーカル力、そして周囲への気配りは、この過酷な大分時代の現場鍛錬によって培われたものでした。