そもそも、なぜ「おでん」だったのか。そのルーツは昭和末期から平成初期にかけてのバラエティ番組の激動期にさかのぼる。太田プロダクションに所属するダチョウ倶楽部――肥後克広、寺門ジモン、そして上島竜兵の3人が結成したトリオは、過酷なロケ現場で生き残るための武器を探していた。
熱々の具材を顔に押し付けられ、悶絶しながら絶叫する。文字にすれば単純な構図だ。しかし、上島竜兵が見せる完璧なリアクション芸と、絶妙なタイミングで具材を投じるメンバーのコンビネーションが加わることで、それは唯一無二の芸へと昇華した。熱すぎても危険であり、冷めていてはリアクションが嘘になる。温度調節から具材の選定に至るまで、スタッフと演者の間には知られざる暗黙の了解と深い信頼関係が存在していたのだ。