情報が拡散した結果、ネットオークションやSNS上では「シングルステッチ=全て超高額なヴィンテージ」「シングルステッチだから確実に本物」という短絡的な誤解が一人歩きを始めています。しかし、現場の実態はそれほど単純ではありません。
まず押さえるべきは、「シングルステッチだが価値がつかないレギュラー古着も膨大にある」という事実です。1980〜90年代前半には、地方の無名なマラソン大会の参加賞Tシャツや、街の配管工事業者の企業ノベルティTシャツもすべてシングルステッチで縫われていました。これらは歴史的な希少価値こそあれど、アート性やカルチャー的文脈を欠くため、古着店での相場は2,000円〜4,000円程度にとどまります。シングルステッチはあくまで「年代を裏付ける必要条件」にすぎず、高額化の「十分条件」ではないのです。
さらに深刻化しているのが、「シングルステッチの偽物・見分け方」に直結する巧妙な不正加工問題です。ヴィンテージ相場の高騰に目をつけた悪質な業者が、近年さまざまな手口で市場を汚染しています。
- リステッチ(裾上げ・袖上げによる偽装):2000年代のダブルステッチ古着からステッチを丹念に解き、単針ミシンを使ってシングルステッチで縫い直す手口。糸だけが不自然に新しかったり、針穴の痕跡が残っているケースが見られます。
- 精巧な海外製ブートレグ(現代フェイク):タイや中国などの拠点で、当時の単針ミシンをわざわざ調達し、丸胴ボディをゼロから編み立ててシングルステッチで仕上げた完全な偽造品。プリントを化学薬品や紫外線で人工的にエイジングさせています。
- 年代の矛盾:2000年代に公開されたはずの映画グラフィックなのに、なぜかシングルステッチで縫われているといった時代考証の破綻。
プロの鑑定士は、ステッチ単体を見ることは決してありません。ステッチの縫い糸が化繊か綿糸か、洗濯によって生まれる独特の波打ち(パッカリング)が自然か、織りネーム(タグ)の縫い付け糸とボディのステッチ糸の経年劣化度合いが一致しているかなど、細部の総合的な整合性から真贋を判定しています。