全日本大学駅伝の歴史を語る上で避けて通れないのが、2018年の第50回記念大会で断行されたコース大改編です。それまでの7区(11.9km)から一気に17.6kmへと距離が延長されたことで、各大学の戦略は根本から覆されました。
かつては「前半型逃げ切り」が王道戦術であり、1区〜4区にスピードランナーを並べてセーフティリードを築くチームが多数を占めていました。しかし、改編後は7区(17.6km)と8区(19.7km)の合計距離が37.3kmと、全体の3分の1以上を占めることになりました。これにより、前半いくら好位置につけても、後半の長距離区間に学生トップレベルの実力者を配置できなければ、瞬く間に呑み込まれるゲームデザインへと進化したのです。
指揮官たちが口を揃えるのは、「7区に置く選手こそがチーム最強のランナーでなければならない」という鉄則です。8区が消耗戦の単独走になりやすいのに対し、7区はレースが大きく動き、上位校同士が直接肩を並べて揺さぶり合う戦術的チェスゲームの場になります。エース格がここで勝負を決める決定的なスパートを放つか、あるいはライバルをふるい落としてアンカーに数秒のアドバンテージを渡せるかが、総合優勝への絶対条件となっています。