急死直後の当初、警察の発表では死因を「事件性なしの心不全」として処理されかけましたが、遺体の不自然な傷跡や発見現場の異様さから、死因を特定するため東京大学医学部法医学教室にて司法解剖が執り行われました。執刀したのは、著名な法医学者である佐藤喜宣教授(当時)です。
解剖の結果、尾崎豊の死因は「覚醒剤急性中毒による肺水腫」と正式に特定されました。検死結果では、肺が通常の数倍の重さにまで膨らみ、肺胞内に多量の液体が満ちて窒息状態に陥っていたことが判明しています。さらに体内組織や尿からは、致死量の数倍に達する覚醒剤(メタンフェタミン)が検出されました。
医学的見地から見れば、大量の覚醒剤が中枢神経と循環器系に急激な過負荷をかけ、重度の心不全および呼吸不全を引き起こした結果の肺水腫でした。この鑑定結果は捜査上の理由から即座には公表されず、約2年後の1994年に一部メディアが解剖記録をスクープしたことで世間に知れ渡ることとなりました。