なぜ葉緑体は、核とは別に自分自身のゲノムを持ち、細胞の都合とは異なるリズムで分裂するのか――。この生物学最大の謎を解き明かしたのが、米国の生物学者リン・マーギュリス(Lynn Margulis)らが提唱し、現在では確固たる定説となった「細胞内共生説」です。
葉緑体のルーツを遡ると、今からおよそ15億〜20億年前の原生代、酸素発生型の光合成能力をいち早く獲得していた原核生物「シアノバクテリア(藍藻の祖先)」に行き着きます。当時、ミトコンドリアの祖先を取り込んで好気性呼吸を行っていた初期の真核生物が、遊走していたシアノバクテリアを捕食、あるいは偶然取り込みました。通常であれば消化・分解されるはずの原核生物が細胞内で生き残り、宿主細胞に光合成産物(糖)を供給し、宿主からは安全な生息環境と無機塩類を得るという相利共生関係が成立したのです。
この衝撃的なシナリオを裏付ける動かぬ証拠が、生化学と分子生物学の歩みの中で次々と発見されました。公的な学術記録によると、葉緑体内部に独自のDNAが存在することは1959年の生化学実験で初めて予見され、1962年に電子顕微鏡を用いた直接観察によって決定的となりました。
さらに生命科学史における最大の転換点となったのが1986年です。日本の名古屋大学の杉浦昌弘教授らのグループがタバコ(Nicotiana tabacum)の、京都大学の大山莞爾教授らのグループがゼニゴケ(Marchantia polymorpha)の葉緑体全ゲノム塩基配列を世界で初めて完全解読し、国際科学誌に相次いで発表しました。解読された葉緑体DNAは、真核生物の線状染色体とは異なり、真正細菌と酷似した「環状構造」をしており、リボソームの沈降係数(70S)やタンパク質合成の阻害剤感受性も細菌そのものであることが白日の下に晒されたのです。
「なぜ二重膜構造なのか」という長年の疑問も、この共生過程で明快に氷解します。内側の膜は元のシアノバクテリア自身の細胞膜であり、外側の膜は宿主の真核生物が取り込む際に包み込んだ食胞(ファゴソーム)の膜に由来しています。悠久の時を経て、シアノバクテリアの遺伝子の大部分は宿主の細胞核ゲノムへと水平移動(転移)しましたが、光合成のコア機能を担う必須遺伝子群は今なお葉緑体DNA自身の手で維持・発現されています。