二人の関係性を決定づける最も深い溝は、鬼の力の源泉である「人間の捕食」に対するスタンスの違いです。
猗窩座は、作中で唯一「女性を一切喰べず、殺しもしない鬼」として描かれています。これは鬼の絶対支配者である鬼舞辻無惨からも特別に容認されていた異例の措置でした。強くなるために人を喰らう鬼という種族でありながら、女性を標的から完全に除外する姿勢は、鬼としての効率を著しく落とす行為でもあります。
対照的に童磨は、「女性こそ栄養が豊富で、より強くなれる」という持論を持ち、自らが教祖を務める万世極楽教の女性信者たちを熱心に捕食し続けてきました。童磨にとって食人は「苦しみから救済して自らの一部にしてあげる慈愛の行為」であり、そこに一片の罪悪感も躊躇も存在しません。
女性を己の糧として貪り食うことで急速に序列を駆け上がった童磨と、武の鍛錬のみで参の地位を維持し続けた猗窩座。この摂食行動における倫理観の完全な断絶こそが、猗窩座が童磨を「決して相容れない下劣な存在」と見下す決定的な要因となっています。